―――とある夜の街の一角にある遊郭
そこには一人の、女というには幼く、少女というには大人すぎた女がいた


―――“
それが、その女の通り名だった


―――遊女であるのに身体を許さない
そんなことで彼女は有名であった


しかし、それでも彼女の人気が衰えることはない
彼女が聞き上手だったからである
そして、男達はそんな彼女を正面から堕としてみせようと、下心を交えた其れで意気込んでいたからである


―――唇ですら気に入った者にしか許さない
男達の欲を増幅させる要因の一つでもあった





―――もう一つの理由
遊郭には決して在ることのない、意志を持った、









その強い瞳








、客がお見えだ」
そう言って遠ざかっていく店主の後ろ姿を見送りながら、禿に髪や着物を整えさせる。
「姉様、お直し終わりました」
「そう、じゃあ行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ」

―――いざ戦場へ―――





「いらっしゃいまし」
迎えたのは片目を眼帯で覆った男。その男がうっすらと口元に妖艶な笑みを浮かべた。
「守りは固いが人気だ、と有名らしいなぁ?」
そう言われるのは予想外で、答えに窮していると、その話はそれで終わりだったらしい。
高杉晋助だ、と言われた。それがこの男の名前なのだろう。
「晋助…はん?」
ぴくりと男の眉が動く。
「お前ぇ、京生まれじゃないよなぁ?」
この男は返答に困ることしか言わないのか。
なんとなく癪に障って、京弁ではなく、馴染みの口調で「だから何ですか」と返すと、
男はさも可笑しそうにククッと笑った。
「俺の相手をする間はそれでいろ」
偉そうに、艶やかに。
…はあ…。相手の意図が分からず、取り敢えず曖昧な返事をする。
「では何とお呼びすれば?」
「好きに呼べ」

こんな人、相手にしたことがない。





「客がいるのに考え事とは良い御身分じゃねぇか」
はっと目の前を見ると、男の顔は間近に迫っていて、
逃げようと試みたが、腰をしっかりと固定されていてそれは叶わなかった。
諦め、男の顔を正面から見据える。


―――心を、鈍器で打たれたような感覚に陥った。


一方が隠され、もう一方しかない、
しかし、溢れるほどの思いを押し殺したような強く深い瞳に。
抑えきれない激情が、炎となって、ちりちり目の奥で燃えている。


我にかえって、またすぐに意識を違うところへ持っていったに男は口付けた。
「ん・・・っ!?」
深くはないそれは、短く、数秒と経たぬうちに離れた。


「知ってのこと…ですか?」
―――唇ですら気に入った者にしか許さない
「さぁな」
口の端を吊り上げ、うそぶく。
嫌だったわけではない、その強い瞳に一瞬で奪われたから。
「晋助様、」
返事を待たず、仕返しとばかりに自分から顔を近づけ、口を付けた。
目を大きく開いた男は、やがて、目を細め、応え始めた。
男の舌がの口内を弄る音が、二人しかいない室内にぴちゃぴちゃと響く。
お互いの息が苦しくなって離れたそれを、銀色の糸が結び、そして消えた。


「お前ぇ、唇すら気に入った奴にしか許さないんじゃなかったのかぁ?」


自ら口付けた時の、その抱きついたままの状態でいるに、男はにやりと笑って言った。
―――知ってるんじゃない
「今の今迄は、です。そしてこれからも」
―――でもそこには、“今”は入っていないの


もう一度、唇を求めると、男はまた応えた。
晋助様、離れてすぐに口を開く。
―――私の初めてになっていただけますか?


男は艶やかに獣のように。


―――蝋の炎がゆらゆらと揺らめいた