ダイアゴン横丁を歩いていたシリウス・ブラックは、ふと視線を感じて明後日の方向に目を向けた。その町のはずれに位置しているであろう場所には、気付ける者のみ気付くことできるような、ひっそりとした教会が建っていた。 まさか教会があるとは思っていなかったシリウスはしばらく呆けていたが、やがて操られているかのような頼りない足取りでそこへ向かった――













重い扉をそっと開ける。ひっそりとした外見とは裏腹に、内部は思わず息をするのも忘れる程に美しかった。用いられた数多くのステンドグラスが、日の光を受けてそれぞれの色を丁度よい調和で作り出しているからである。 光は中央にある祭壇の前を照らしていて、そこには白いふわりとしたワンピースを身に纏った少女が座っていた。降り注ぐ光が、その少女を神聖なものに見せていてまるで絵画のようである。教会の一部にでもなっているかのようでもあった。そしてその少女は十字架のイエスに目を閉じて手を合わせていた。


その神々しさに息をするのも忘れ見つめていると、少女は振り返り、シリウス・ブラック…、と呟いた。その手首には赤いロザリオがかけられていて、少女の白い肌によく映えていた。






その少女に誘われ、シリウスは近くのパーラーに入った。シリウスはレモンティー、少女はピーチティーとケーキをそれぞれ頼む。
「とりあえず自己紹介からね。私は、スリザリンの4年生」
「俺は、シ…
「スリザリン嫌いのグリフィンドール5年生、シリウス・ブラック?」
と名乗ったその少女は、シリウスの台詞を遮るようにして、そしてふわりと微笑んだ。貴方はとても有名よ、と。シリウスは途端苦虫を噛み潰したような顔をした。
「スリザリンが嫌いと知っていて誘ったのか?」
「ええ、でもね、私は純血主義ではないから」
笑みを口に浮かべたまま。スリザリンと聞いてから苦い顔をしていたシリウスも、それを聞いてようやく表情を和らげた。
「私の家はね、代々スリザリンだし純血なんだけど、そんなこだわりがないの」
「羨ましい限りだぜ。知ってんだろブラック家のこと?」
うんざりとした顔をするシリウス。
「ええ、知ってるわ。だからその異端児シリウス・ブラックなる人物と話してみたかったの」
にっこりを笑った少女に、シリウスは毒気を抜かれたような顔をみせた。



レモンティーとピーチティーが、透明で細やかな細工の施されたグラスに注がれて、ケーキが色鮮やかなフルーツを散らばされて運ばれてきた。はそのケーキを嬉々として口へと運ぶ。おいしいっ!と頬を綻ばせる様子をシリウスはレモンティーで喉を潤わせながら眺めた。
「シリウスは頼まなかったの?」
「甘いの苦手だからな」
えー、と不満げな声を上げ、それからふと思いついたような顔になった。
「は?」
シリウスが間抜けな声を出し、間抜けな顔をしたのも無理はない。今目の前にいる少女が、自身の使ったフォークでそのケーキを差し出してくるからである。
「損してるわ!」
――それでも食べかねていると、痺れを切らしたらしい。はケーキをシリウスの口へとつっこんだ。
「むぐっ…ッ!」
「美味しいでしょう?」
「……まぁ」
これ以上にない程の笑みで、悔しい気はしたけれど、確かに美味しかった。甘いのが大のつくくらいに嫌いなシリウスでも食べることが出来たくらいに。
そしてはまた己の口へとそれを運び始める。

教会で見たあの神聖な少女の姿はそこにはなかった

「なぁ、何であそこの教会にいたんだ?」
いまだケーキを食べ続けているに尋ねると、彼女は目をぱちくりとさせた。
「キリスト教の信者だから?」
質問を質問で返すなよ、とは思ったが、それは口に出さないことにする。
「そうじゃなくて。あの教会、なんか、こう…ひっそりしてるだろう?」
「――ああ、そういうことね。うーん、なんていえばいいのかしら?云うなれば必然?」
「…は?」


あの教会には特殊な魔法が掛けられていてね、教会が見える見えないはそも魔法の基準によるものなの。どんな魔法なのかは解明されてないのだけど、それに誰が掛けたのかも分かってないのだけれど…。
は一言一言を確かめるように発した。しかしそのおかげか理解できる、あの教会に通りを歩いていた他の人が気付かなかった訳が。

「また、行っても良いんだろうか?」
「良いんじゃないかしら」






パーラーを出て大通りまで一緒に歩く。
「じゃあね、シリウス。また新学期に!」
「おう」
ひらひらと手を振り、シリウスと反対の方向へと歩き出した彼女の手首には赤いロザリオが揺れていた。
(スリザリンっていっても、ああいう奴もいるんだな)
素直に楽しかったと思えて、そして新学期に会えるかなという期待が溢れる。それが恋だとは彼はまだ知らない。


そして彼らは知らない。その協会で出会ったことの運命を。





ひっそりとそびえる教会から、影が二人を見ていた、楽しそうに。そしてやがてその姿が消え、カシャン…と落ちた赤いロザリオのみが、そこには残っていた――













*懺悔という解説、解説という懺悔*


最後に残った赤いロザリオは、影の依代で、影とは、教会に魔法を掛けた張本人です。

魔法の詳細としては、赤いロザリオを持つ者だけに教会の姿を見せ、その人に合うであろう人を影が(勝手に)選び、その人にもまた教会の姿を見せるというものです。

生前、人であった影は、この教会を一人で生み出しました。その頃のこの教会は、周囲の目をひく美しいものであったと言い伝えられています。人であった影はやがて、自らの墓をこの教会にしようと思い、人々の目から教会を隠す解けない魔法を掛けて、ひっそりと死んでいきました。 人であった影が影になったとき、影は自分が存在していることに驚き、そして悲しみました。死んで尚、死に切れずに教会に居続ける自分と教会には自分が掛けた魔法によって、人が誰もいない閑散とした空間が現実だったからです。 影は実体のない体で、魔法を掛け直すべく長年にわたり奮闘し、ようやく、ほんの少しではあるけれども書き換えることに成功したのです。

成功したそれが、この話に使われている魔法です。二度も死ねない身体で、どうにか楽しめるようい、このような魔法となったのです。













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