「悪ィけど、俺好きな奴居るから」
シリウスの口から放たれた言葉が頭にこびり付いて離れなかった。
鳥の囀りが聞こえて来、私はゆっくりと目を覚ました。
色々と落ち込んでいた中でも日常生活に支障は来さなかったようで、しっかりとパジャマを着てベッドの上に居る。
習慣なんてそんなものか、と一度溜め息を吐いてからベッドから降りれば未だ起きるには少しだけ早かった様で―――いつも朝、私を起こしてくれる同室のリリーは未だ静かに寝息を立てていた。
そんな彼女の可愛い寝顔を見遣って「ごめんね」と呟き、私は極力音を立てないようにしながら洗面所へ向かった。
「あまり腫れてない・・・」
昨日はひたすら泣いて、そのまま寝てしまった覚えがあったので目元が赤く腫れてしまっているだろうと予想していたのだが、実際は化粧で隠せる程度の腫れで済んでいた。
もしかしたら何も言わずに傍に居てくれたリリーが冷やしてくれたのかも知れない―――つくづく彼女には迷惑ばかり掛けてしまっているようで思わず苦笑いを浮かべた。
未だ彼女にも昨日の出来事については話していない、否、話せないの間違いか。
自分が勝手に傷付いて勝手に大泣きしたにも関わらず、理由を話したらリリーはシリウスを責め立てに行きそうだったから、どうしても言えなかったのだ。
そして恐らく、風化するまで、笑って話せるようになるまでは誰にも言わないのだろう―――自分の心の奥底にしまっておく。
この激しい胸の痛みも、彼を思うこの気持ちも。
「、もう起きてたのね」
「おはようリリー。何かね、早く目が覚めちゃったのよ。だから念入りに化粧でもしようかなーって」
「そう・・・そうね。私も折角だから張り切ろうかしら」
「良いんじゃない?ジェームズが喜ぶよ」
「あの人に喜ばれても嬉しくないわ」
「そ?」
「・・・・・・」
目元の腫れを隠すべく化粧を施していると、少し眠そうなリリーが洗面所へ入ってきた。
心配げに眉を寄せている彼女も可愛いな、なんて親父のような事を考えながら私は敢えて普通を装いながらリリーに挨拶をする―――昨日は何も無かったという、ある一種の防衛線だ。
大泣きしているところを見られているし、彼女にも多大なる迷惑をかけたにも関わらず、この反応は良くないとは思っているのだ―――でも今、リリーに優しい言葉をかけられたら私はまた泣いてしまう。
泣いてしまったら再度リリーに迷惑をかけることになってしまうし、自分本位で申し訳無いが何より私自身が昨日の事をなかったことにしてしまいたかったから―――追求されないように、何も言われないように、私は元気だとアピールをする。
そんな私に対してリリーは気持ちを分かってくれるのか普通を装ってはくれたけれど、それでも化粧をしている私のことを見つめる目は心配している時のソレだ。
無理しているのがバレているんだろうと思う―――そして、強がって居なければ立っていることすら出来ないということも。
寝ている彼女にしか謝ることが出来ないなんてやはり申し訳が無い―――隣で顔を洗い始めたリリーを見遣り、心の中でもう一度謝罪した。
その後、朝食の時間になったので私とリリーはグリフィンドール寮の談話室へと降りて行った。
本当はリリーと一緒に居るとジェームズがやって来て、ついでにシリウスまでやって来るので1人で行動したかったのだが―――流石にお世話になっているリリーを蔑ろにする気にはなれなかったので、会いませんように、話しかけられませんように、と願いながら談話室へと一歩、踏み出した。
「リリー!!おはよう、今日も綺麗だねっ!」
「・・・・・・」
「どうかしたのかい?リリー?リリーさん?」
「、行きましょう」
「あー、うん」
「?」
案の上、リリーが見えた途端にジェームズが此方へと超特急でやって来た。
別にそれはいつものことなので気にならないが、何故かすぐ後ろにシリウスが居て、私に声を掛けようか迷っているのだから固まらざるを得ない。
何故、このタイミングで声を掛けようとするのだと―――昨日の彼の言葉が脳内をグルグルと回って気持ち悪い。
自然と先程までの無理矢理な笑みが消え去っていたのか、リリーはジェームズの言葉になんて全く耳も傾けずに(睨むことすらしない)私の顔を心配そうに伺って来た。
これ以上迷惑を掛けたくないと思っているのに、どうしても「大丈夫」なんて言えない。
でも何とか言葉を紡ごうとしていたら、リリーは表情を真面目なものにして突然腕を引き歩き出した。
シリウスと何かあったとばれてしまっただろうかと不安になったが、私の腕を引きながらリリーが小声で「ジェームズのこと好きだったの?」なんて聞いてきたので思わず脱力してしまった。
何故そうなる―――別にジェームズがリリーに好意を持っているからこんな反応をした訳では無いのだし、こんなことはずっと前からのことだったのだから今更だというのに。
ばれなくて良かったけれど、このことが切欠となって「じゃあ誰と」なんて聞かれると困るので、私は否定しながらも酷く曖昧な笑みを浮かべることしか出来ない。
「何かあったのかい?」
「・・・何もねェよ」
何もない、そう何もない―――気にしているのは、いつだって私だけ。
ジェームズとシリウスの会話を遠くに聞きながら、私は唇を噛んで涙を押し殺した。
何故 それが私の最大の疑問。
朝あんなことがあってから、リリーは私の気持ちを察してくれているのか何も聞かずに居てくれて。
有難いな、なんて思いながら共に歩いていればシリウスと遭遇するはするは―――選択科目が同じだからなのかも知れないが、それにしても遭遇確率が高すぎる気がしてならない。
毎度毎度彼は何かを言おうと口を開きかけて、私はソレを見て見ぬ振りをして走って逃げる。
そんな遣り取りが最後の授業が終わるまでに彼是10回はあった。
しかし、シリウスは気が長い方じゃない―――放課後になって11回目が訪れた時、ついに何かがプツンと切れたのか、走って逃げる私を追いかけてきた。
誰かが見ていたら、何をやっているんだろうと思って止めてくれたかも知れないのに―――男女での体力の差、そして元々運動が得意でない私と運動が得意なシリウスとの脚力の差によって距離がどんどん縮まっていく中で辺りを見回すが何故か人っ子一人居ない。
何故 何故 何故?
闇雲に走っているとは言え、誰か1人位遭遇してもおかしくは無いというのに―――本当に何故。
「」
「(うわ・・・行き止まり!!)」
「もう逃げられねェぞ・・・」
「(ギャー!!!)」
でも、そんな事を考えている余裕は無くなってしまった。
適当に走った所為で行き止まりな場所へと辿り着いてしまい、終にシリウスに捕まってしまったのだ。
何とか横を抜けて逃げようと試みたが、両手を壁に押し付けられてしまっては身動きが取れない。
こんな状況下でなければ恋人同士がナニかをしようとしているかのような体勢に、私は色々な意味で顔を真っ赤に染めた。
シリウスの顔が近い―――怒っているのに男前、でも眼前でこのような表情を見せられては間違っても胸をときめかせることなんて出来ない―――違う意味で心臓には悪いが。
「お前、何で俺のこと避けてんだよ」
「べ、別に避けてないもん!シリウスの気の所為、全部気の所為!」
「そんな訳あるか、今逃げてた奴が!昨日も俺の話も聞かずに逃げやがるし!」
「聞く必要なんか無いでしょ!何で私に弁解する必要があるのよ!好きな奴居るって言ってたくせに!」
「だーかーらー!お前に言った訳じゃないだろうが!!」
「言われたも同然でしょ!?あの後、私に聞かれて『まずい』って顔したじゃない!弱味握られたって心配になって!」
最初は少なからず冷静に話していたシリウスも、私の反応に腹が立ったのか近距離で怒鳴り始めた。
でも正直そんなことは気にならない程に彼の言葉が気になって仕方が無い―――あの後で話すことなんて何も無いのに、何故彼は私に弁解なんてしようとしたのか。
こんな状態だが折角なので昨日あった事を簡単に話しておこうと思う。
シリウスを探していた私は、彼が告白されている現場を目撃してしまった。
その時、彼が言ったのが「悪ィけど、俺好きな奴居るから」である。
要するに振った訳なのだが、その言葉を聞いて私は思い切り固まってしまった―――ああ、シリウスって好きな人居たんだ、と思ったら脳が停止したかのように動けなくなって。
すぐにその場を立ち去らなければならなかったのに、動けなかった所為で告白を断ったシリウスとそのまま対面―――まずい、と言うかのような顔をして下さったので、私はそのまま逃走した。
私はシリウスの反応を見て、完全に振られたと思ったのだ―――別に気持ちを伝えた事があった訳じゃないけれど、私は良く言い合いとかをするような間柄であったから、弱味を握られてしまったことに対する後悔の表情を浮かべた彼の反応は私に知られてはならなかったということだと考えたから。
どうせ「振る為の嘘だった」とか言うんだろうな、と思ったけれど、違ったらと思うと恐くて仕方が無くて、私は話しだそうとするシリウスから逃げてきた。
そして、部屋で大泣きし―――今に至ると。
「お前バカじゃねーの?」
「は?喧嘩売ってんの!?」
先程まで凄い勢いで怒っていたシリウスだが、私の言葉を聞いて突如呆れ顔になった―――更にバカなんて言ってくれたので、私の喧嘩腰に拍車が掛かる。
バカなんて言われる筋合いは無い―――というよりも私の気持ちをバカ呼ばわりされる理由が無い。
必死で笑顔を取り繕って、ゆっくりシリウスとの関係も戻して行こうと考えていたのに―――そんな私をバカ呼ばわりするなんて。
思わず、思わず涙があふれ出してきてしまった。
シリウスの前で泣くなんてと、酷く悔しくなりながら―――手を押さえられている為に拭うことも出来ずに俯く。
どんな顔をしているのか、見ることも出来ずに嗚咽を漏らしていると、不意に―――手が外されて、強く抱き締められた。
頭の中が真っ白になる―――何が起こっているのか、良く、分からない。
「俺が好きなのはお前だっつの」
「・・・・・・・・・は?」
「は?じゃねぇッ!思い切り逃げられてショック受けたんだからな、俺は!」
「何、言ってんの!ショック受けたのはコッチだし!振られたと思ったんだから!!」
「振ってねーよ!」
「分かってるわよ、うるさいなぁ!」
「両思いなんじゃねぇか・・・本当お前ってバカ」
「うっるさい!どうせバカよ、バカ・・・」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
でも言い合いをしている内に段々と実感が沸いてくる―――シリウスは私が好きで、私はシリウスが好きで―――喧嘩腰でそれを伝え合ったんだって。
ならば昨日のアレは、本当に私に聞かれてまずいと思った訳だが、理由は好かれてなんか居ないと思っていたにも関わらず気持ちがばれたと思ったから、ということなのか。
ああ、本当に私はバカだ―――バカ過ぎて、恥ずかしくて、どうしようもない。
「責任取って俺の傍にずっと居やがれ、バカ」
「良いわよ、責任取ってやろうじゃないの!うざったくなっても傍に居てやるんだからね!」
喧嘩腰の告白
(その後で、私達はゆっくりと唇を重ね合わせた)