重く、まるで体の奥底に何の遠慮もなく突き刺さるような沈黙が辺りを満たした。 ちくちくとする静寂に身体が痛いと叫んだ。 ちらりと一瞬だけ目線を前に向けた。 きょうや、音に決して出さないで唇だけを動かす。 不機嫌を露に出した表情と声が返ってきた。思わず身を竦ませた。 「ごめんね」 「…それは何に対して謝ってるの」 「全部。恭弥に黙っていたことも、あの人達といたことも合わせて全部」 そして心の中で彼に向かって好きだと言ってみる。 私は頷いた、ソレに嘘偽りはないと。 しかし、だ。 まず、それとこれとは話が違う。 雲雀恭弥という人間を私は確かに愛してはいたが、彼等、を愛しているとまでは行かないものの好きであることには違いない。 元来私は恋愛に生きる種であるようだった。 勿論、一番に位置するのは今目の前で私を咎めるように、そして悲しそうに見つめてくるこの男である。 「僕は君になにかしたかい」 「してないよ」 「…じゃあ、……」 後に続けられる筈の言葉は纏まらないらしい。 ただ捨てられた犬のように傷付いた目で私を見る。 先にもあげたように、彼を嫌いになったわけでは決してなかったので、これ以上彼を悲しませるのは避けたかった。 唯一の人と絞り定めるのが私にとって難題であるのが、そもそもの問題であるからそれは難しいのだろうが。 だからせめて、とゆっくりひとつずつ慎重に言葉を選ぶ。 「私……、私は、特別決まってなくていいから、時間を、共有してくれる人が欲しいの。 隣に誰か居て欲しいの。 恭弥のことは勿論愛してるよ。 私が一緒にいたいって言えば恭弥は絶対に一緒にいてくれるって分かってるけど、でも、それはなにか違う気がするの。 私を好きだって言ってくれてる人がね、恭弥以外にもいないと駄目なの。 たとえ我が儘だって分かってても、この気持ちは変えられない」 白い湯気が勢いよく出ていたアッサムは、喉にさらりと入っていくくらいには冷めていた。 それを半分ほど流し込む。 それからもう一度ごめんねと言う。 そして俯くようにして考え込み始めた雲雀を見つめた。 大切な人を作らないようにしている彼は、一度そんな人を作ればひどく一途で、まるで宝石を扱うかのように優しく、それでいて時節強い独占欲を見せた。 本当に僅かしか見せないその独占欲が私は好きであった。 「は彼等とキスとかは、」 「キスはするよ、でもディープもその先もしない」 「…そう」 「うん、そう」 また考える素振りを見せる。 私はそれを同じように眺めた。 どうしてか不安にはならない。 彼が私を手放すとは思えないのが第一の理由である。 その根拠は、と掘り下げられると後はもう勘としか言いようがない。 いわゆる女の勘というやつだ。ある意味では、これ以上に正確なものはない。 膝と膝を合わせている状態から、右の脚を上にして組むというものへと姿勢を変えた。 思わず男のくせに、と言いたくなってしまうサラサラとした漆黒の髪をじっと見続ける。 時折その髪は薄手のカーテンレースから差し込む太陽の光を反射してきらきらと宝石のように光った。 目を細め、ほとんど反射的に手を伸ばす。 触れるか触れないかの瀬戸際で思い止まり、手をまた元の位置へと戻した。 彼の目が私を映した。 「…わかった」 「うん?」 「その人達と居るのは我慢する。でもそのことをお願いだから黙っていないで」 「わかった」 「それから……、」 「それから?」 「…少しでいいからその時間を僕に割いて」 「うん」 ほら、彼は私を手放さない。 口の端を大きくひき、にっこりと私は笑った。 女の勘というやつはこのような時には大いに力を見せるものである。 「ね、恭弥。私はきっと貴方のような人を探してたのよ、ずっと。ずっとよ」 「そう。僕はどうして君みたいな人を好きになったのか自分でもわからないよ」 「分からなくていいじゃない。人を好きになるのに要らない。…そうでしょう?」 「そうかもね。…やっぱり僕は君が好きだよ」 「ありがとう」 そうして私は言った。 今は恭弥で胸が一杯だから他の人達とは会わないよ、と。 すると彼はなんとも嬉しそうな顔をした。 「それは光栄だね。じゃあずっとその状態が続くように頑張らないとね」 「うん、頑張って」 「元はと云えば君、の所為なんだけどね」 私達はひとしきり笑い合い、そして短い口づけを交わした。 そこだけを見れば、どこにでもいるような平凡なるカップルだった。 いつかは私のこの性癖も直るのだろうか。 いや、直さなければならない。 この雲雀恭弥という男の為に。 普通ならば喧嘩別れするような場面を切り抜けた飛び切りの人間なのだから。 私達の未来のために |