昔まだ幼かった頃、友達は私のことを「いつか一目惚れした人と結婚しそう」と評価した。 その時の私はそんなことないと猛反発したけれど。 今になって本当にそうなったと認めざるを得ない。横に立つ人物をちらりと盗み見た。

「なに」
「ううん、ちょっと昔を思い出してたの」
「ふーん」

その名を雲雀恭弥という。

















「、それでね、…ちゃん?」
「あ、ごめん京子。職員室行かなきゃいけないから先帰ってて?」
「そっかぁ。じゃあまた明日ね」
「うん、また明日」

ばいばい、とお互いに小さく手を振りながら一方は階段を下へ、もう一方は階段を上へと足を進めた。 (面倒なこと引き受けちゃったなぁ) 特に何をしたというわけでもないのだが、どういうわけだが先生に気にいられたらしかった。 あれよあれよという間に生徒会長に仕立てあげられていたのだ。 しかし嫌を嫌と言えないのが、悲しきかな日本人の性。

(ま、仕事自体は少ないからいいけどね)




この学校には風紀委員会というものが存在する。 それを構成しているのは所謂不良という人達ではあったが、学校に町に貢献しているというのは事実であった。 やり方はお世辞にも良いとは言えない。 けれど彼等風紀委員に粛正された人は暫くはなにもしなくなるのだ。 暫くといえど、そういう人達が減るのはなんともありがたい。 それから、寧ろ本音を云えばこれが一番ありがたい、書類関係である。 生徒会に運ばれる筈である大量の書類は毎度、風紀委員長のいる応接室に運ばれ、生徒会長のサインがいるものだけが戻される。

(いい人だなぁ、風紀委員長って)

毎日のように風紀委員長・雲雀恭弥の行いは耳にしているが、自分に被害がないのでどうにも悪い人には思えなかった。 被害どころか恩恵さえ受けているのだから尚更である。



「ねぇ、君」

職員室に向かう途中の階段下であった。 上から降ってきた初めて聞く声に誰だろうと内心首を傾げつつ、その方を見る。

「………綺麗…」

最近はめっきり日が落ちるのが早くなり、夕陽というのは大概に短い間しか見れなくなった。 真っ黒な髪をした真っ黒な学ランの人物を、横から降り注ぐその真っ赤な光が、まるでスポットライトのように煌々と彼を照らしている。 横ではあったものの照らされた所為か顔も逆光のように黒い。 その神秘とでも云えようか。顔ではなく全体が不思議な美を作り出している。 無意識に呟いたそれに相手の男が怪訝な顔をしたことに、その場に流れる空気で敏感に感じ取った。 わたわたと別の話題を探す。

「あの、貴方は誰ですか」
「君、僕を知らないの?」

きょとんとした風であった。何故私が目の前の男を知らなくてびっくりするのだろう。 (もしかして有名人?) せめて顔を見れたら、まだ何か分かるかもしれないと、階段を少し上がる。 しかしやはり知らない人で間違いはなかった。

「僕は風紀委員長の雲雀恭弥だよ」
「そうですか、風紀委員長のひば…」

雲 雀 恭 弥 。その名前は十分過ぎる程に聞いたことのあるものであった。 そういえば、この学校で学ランを着ているのは風紀委員だけだったし、その中でフランスパ…リーゼントでないのは委員長だけだった。

「貴方が"雲雀恭弥"さんだったんですね。いつも生徒会の書類を処理して下さってありがとうございます。風紀委員が居て下さるおかげで時間を有効に他のところに使えるんです」
「君は僕が怖くないの」
「だって貴方は優しいでしょう?」

ふっと彼の纏う雰囲気が柔らかくなり、おもしろい、と口が小さく動かされたのを私はしかと目で見た。 その言葉が指すのは私だろう。此処には雲雀恭弥と私・の二人しかいないのだから。

、君明日から応接室来なよ」
「応接室…ですか?何故?」

新しい玩具を与えられた赤子のように彼の顔は明るい。 きっと私も同じような状態にあるに違いなかった。 それよりも彼は私の名を知っていたらしい、私は彼を知らなかったのに。

「気に入ったからに決まってるでしょ」
「…随分と俺様ですね風紀委員長」
「恭弥でいいよ、

彼のお気に入りとは珍しいものだと認識する。 彼を名前の恭弥で呼ぶ人を私は見たことがないからである。 そういうものに優越感を感じるのは致し方ないものであった。 そういえばと不思議に思う、彼は何故私に声を掛けたのか。しかし一方で、そんなことはどうでもいいとも思う。 そして結果としては、聞くのが面倒だという気持ちが勝って聞かなかった。

「恭弥、明日は何時から応接室に行けば良いの?」
「勿論朝から」
「あの、まさか授業に出るな…とか」
「うん」

俺様君臨。頭にその四文字が浮かんだ。 いいけどね、別に。授業なんて出なくても試験さえ通ればどうにかなるのだから。 それに自慢ではないが定期試験で上位五人から外れたことがなかった。
「じゃあ学校に来たら応接室に行くね」
あっさりと頷いた私に少なからず驚愕したようだったが、すぐに満足げに唇の端をつりあげた。

















二人が付き合い始めたのはすぐの出来事であったし、それから今日までの三年はあっという間だった。 きょうや、口のなかでその名前を転がす。この幸せをどう表現したら良いのだろ。


空はまるで二人を祝福するからのように連日の雨を止ませたし、更には大きな虹をも描いた。





汝、は雲雀恭弥を夫とし、これから先いかなるときも支え合い、共に愛し合うことを誓いますか






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