生涯を共にしたいなんて、そんな歯の浮くような台詞をこの僕が言うことになるなんて、僕を含めて他の誰ひとり思いもしなかっただろう。
「きょーや!!」
やっと誰だか判別できるくらい離れた所からソプラノ声で名前を呼んでいる。荒んでいた心が穏やかになっていくのが自分でもよくわかった。今の今まで振るっていたトンファーをもう一度勢いよく振り下ろして、付いた血を払う。ひっ、目の前で腰を抜かした男の口が短く息を飲んだ。それを一瞥して声がした方へと向かう。若葉が青々とした柏が左右に立ち並ぶ道を暫く歩くとようやくその持ち主の立つ場に辿り着いた。「きょーや!!」にっこりと笑いかける彼女の頭に手をぽんとのせる。それはもう習慣て化していた。更に笑みを深くする様はまるで猫のようである。
「」
「うん、帰ろうか」
地に落ちたふたつの影が繋がった。互いの手が熱いのは、もうすぐ夏を迎えるこの暑さの所為だけではないと思う。
思い返せば、と付き合いというものを始めたのは今から丁度三年程前だ。高校に入っても、一匹狼であるところとか、風紀委員長の座についている辺りは中学のときとさして変わり映えのする日々を送ってはいなかった。ただひとつ、大きく変わったのは、授業に出るようになったこと。どうしてそんな気になったのか、それは自分でも分からない。なんとなく、出なくてはならない気がしたのだ。
「ひ、ひばりくん?ひばり、きょうやくん?」
隣の席の女の子が、読み方に自信がないのか、そのまだ幼さの残る舌足らずな声で話し掛けてくる。草食動物かと思いはしたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。“必死に話し掛けてます”というのがびしびしと伝わってきて、寧ろ、微笑ましいとさえ思う。彼女の頭をくしゃりと撫ぜた。
「うん。雲雀恭弥。恭弥でいいよ」
自分では気が付かなかったけれど、その時、知らずの内に笑みを浮かべていたらしい。彼女が顔を赤くした。
「…きょーやくん」
「恭弥」
「きょーや…、くん」
「恭弥」
「……きょーや」
頷き、良く出来ましたとばかりに再度頭を撫ぜた。彼女がますます彼女を赤くした。
それから一ヶ月。入学して数日で習慣となった放課後の使い方通り、雲雀は応接室にいた。ここでも校長を脅したためであった。
「きょーや」
入り口のドアを少しだけ開けて、ひょっこりと少女顔を覗かせた。名を呼ぶ行為に、もう恥じらいはなかった。
「まだもう少し掛かるから座って待ってて」
「ん、わかった」
今度は大きく開けて、他の誰も入らない部屋に少女、は躊躇なく入った。
カチ…カチ、カチャ。パラパラ、サラサラ。時計が時を確実に刻んでいく音と、ティーカップを置く音。それから書類という紙をめくる音とペンを紙面に走らせる音が静かなる室内に響いている。その静寂とも言える音を、きょーや、という声が破った。
「なに」
「好きだよ」
「ふーん」
再び訪れる静。(一世一代の告白なのに、)思わず頬を膨らませ、それから唇も尖らせた。俯いた頭に“なにか”がつんと当たって、落ちた。
「いたっ…」
落ちたのは白い紙飛行機。なにコレ、と呟いて広げる。『愛してる』ただ一言、それだけが書いてあって、は自分の顔がみるみるうちに朱に染まっていくのを感じた。ふいと横を向いた雲雀の横顔も心なしか赤い。窓枠に止まっていた燕が飛んでゆく。
デートという名において始めて一緒に行ったカフェが目に入った。僕がいきなり立ち止まったのを訝し気に覗いたはやがて僕がみているものに目を移して、合点がいったように、ああ、と頷く。
「ねぇ、明後日あそこ行こうか」
「日曜日?うん、いいよ」
制服のポケットの中の微か重みを握って離す。今日で5月も終わりだ。明日から6月。
人知れず、ポケットという闇の中でシルバーリングがキラリと光った。

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