大好き。
そう呟くと何も云わず黙って微笑む彼が私はその言葉通り、大好きです。
彼が死んでしまっているのか生きているのか何も分からないけれど、
生きていれば、いや死んでも何処かで会えると信じているから、何時までも私は彼を思い続ける。
鬼の副長と呼ばれる彼の存在はやはり隊内でとても恐れられていて、
本人は自分で決めてやっていることだから仕方がないと言うけれど、そんな状況に私は堪えられなかった。
だって貴方はこんなにも美しく綺麗に穢れなく笑うのに。私が情緒不安定でいるときに、幾度この大きな手が救ってくれたか知らないでしょう?
だって貴方達は"彼"を見ようともしないものね。
ただ二人でいるときの彼がまるで子供のように甘えてくるなんて、でもそれは私が知っていればいい。
彼が孤立していく程私と彼の距離はますます近くなっていく。
それは決して好ましい理由ではない。けれどもそれを寧ろ都合よく私は思う。
彼の傍に思う存分に居られるから。仲間に対して冷酷なとき、彼は自分をどれだけ押し殺しているのだろうか。
拾われた私は勿論女であったから新撰組という組織の中に入ることはなかったが、女中として雇ってもらうことになった。
土方歳三、拾ってくれた人の名前を布団の中で反芻する。
一般人と盾にとった攘夷運動と名付けようか、その大きな舞台に強制的に上げられた私をただ一人で助けてくれたのである。
命の恩人の誕生だった。
固より一人身であった私は助けてくれたお礼にと半ば脅すように住み込み女中を申し出た。
あっさりと肯定の意を示したのには存外に驚いた。
一目惚れとはよく云ったもので、私も例にもれずその仲間入りを果たし、
なにかと理由をつけては彼の近くに行くように努力していると、そんな私を彼は気に入ったらしく小姓にと辞令が下された。
断る理由など何処にもある筈がなく返事ひとつで了承する。
その夜から私は彼の部屋で寝泊まりを繰り返し始める。
ひとえに彼の命令であった。
自分の一言で人の、元仲間の命が消えるのは大変に疲れるものらしかった。
そりゃそうだ、と私は疲れた顔をし、眉間にしわを寄せたまま眠る彼の髪をゆっくりと梳いた。
時節彼の口から洩れる言葉はよくよく聞いてみると、
昔からの付き合いだという今は局長の近藤勇や、やはりこちらも江戸の時からずっと一緒にいるという沖田総司や永倉新八などの名前であった。
嗚呼江戸の頃を思い出しているのかと、なんとなく嫉妬心を持つ、その頃は出会ってすらいなかったから仕様のないことであるのだが。
いけないいけないと首を横にぶんぶん振ってそれを自分の中からはじき出す。
今彼は隣にいる。
それだけで充分ではないか。
他の誰も見たことのないような彼をすぐ傍で見ていられるのだから。
つまり私は誰よりも滑稽である。
「もう、行くんでしょう?」
「嗚呼」
これが恐らく会話であることを私は薄々予測していた。
彼も同様であろう。
今から京を立つという彼等、いや彼等と彼等を見守る魂達と云ったところか、を私達女中は何とも云えず感慨深い様子で見送る。
それぞれに思い入れるものがあるのだろう、所々から会話そして泣き声、別れ、それを象徴するようなものが湧いた。
その中で、一際会話の少ないのが私達二人であった。
ただお互いを目に焼き付けるかの如く、ただ黙ってお互いを見つめる。
生きて帰ってきてとは言えなかった。
ある別れの一例