すっかりと忍らしくなった幼馴染みを自慢に思う反面、悲しくも寂しくも思う。
中忍になるまでは一切なかった女も、段々と周りに増えていく。
めんどくせぇ、なんていう口癖で今はどうにかなっているが、いつか誰かの隣を歩くのだろう。
私は睦まじく歩く男女2人を想像して泣いた。
「…シカマル………」
「呼んだか…って、泣いてんのか?」
「泣いてないもん」
寝ていた幼馴染みが目を覚ました。
さらさらと豊かに流れる緑の原っぱは私達がまだ幼いころからお気に入りとしている場所だった。
私は忍としての才能が飛び抜けていたらしくアカデミーに入ってすぐに暗部に入れられた。
そのことは親ですら知らない。
同期入学した幼馴染みは訝しんだようだったがイルカがどうにか繕ってくれたらしい。
一緒に頑張って行こうと思ったのにと、その時も此処で泣いた。
シカマルシカマルシカマル。何度も心の中で名前を呼ぶ。
「なんで泣いてるか知らねーけど思いっきり泣けばすっきりするんじゃねーの」
声を押し殺して泣く私に幼馴染みは言った。
頭の切れる男だったが何故私が泣いているのかは分からないのだろう。
自分のこととなると途端鈍くなるのだから面白い。
「愚痴なら聞くぜ」
膝を抱え、そこに顔を埋める私の頭をポンポンと優しく撫でるように叩く。
この気持ちを伝えたらどうなるのだろうか。
実は両思いでハッピーエンド、なんてことはまずない。
彼は私を幼馴染みとしか認識していないだろうから。
ギクシャクするか、なかった事にされるかのどちらかだろうな。
それじゃあ言わない方が賢明だ。
…そうやって今まで黙ってきたわけだけれども。
でも私じゃない女の人がシカマルの隣を歩いているのを想像すると、やはり否応なしに涙が溢れてくるのである。
言えない、でも言いたい。昔よくやっていた花占いのように言う言わないを頭の中でリフレインする。
脳裏に浮かぶ花はいくら花びらをとってもなくならず、寧ろ増えていく。
それはまさに私のことを示していた。
私の頭をゆっくりと撫でていた幼馴染みは泣き止んだのをみて手を下に下ろした。
そうだよね。手、下ろしちゃうよね、私泣き止んだもんね。
自分から離れた男特有の角ばった手を見つめながら、ふと思う。
私がこの幼馴染みを恋愛対象としてみるようになったのはいつ、そして何故だったのか。
…なんで好きになったんだろう、いつ好きになったんだろう。
気が付いたら"好き"だった。いつの間にか"好き"から"大好き"になり、そしてあっという間に"愛してる"になった。
しかし、暗部という醜い仕事や陰の仕事をしている私が、という罪悪感ともいうべき理性が積極的になることを押さえているために、
今の状態でいることを好ましく思ってしまう。
勿論、両思いで恋人の関係になってという願いはある。
臆病な私がなくなれば、あるいは幸せになれるだろうか。
(ねぇ…、教えてよシカマル)

―――シカマル!シカマル!だーいすき!大きくなったら結婚しようね!
―――おう、約束な
―――うん!じゃあ指切りしよ、ゆーびきーりげーんまん!
おそらく泣きすぎたのだろう、いつの間にか寝ていたらしい。
懐かしい夢だった。
それにしても、こんな約束を私とこの幼馴染みはしていたようである。
昔は素直だったんだと、つくづく羨ましく思った。ふと目だけを動かして隣を見た。
(よかった、まだいる)
その幼馴染みはすぅすぅと、ドキドキしているのが馬鹿馬鹿しくなるくらい気持ち良さそうに寝ている。
「…シカマル、あの時のゆびきり、覚えてる?」
返事はない。
閉じている目は今にも開きそうではあるが、まだ起きる気配はない。
忍たるもの、人の気配が色濃くある場所で深く眠ることはないのだが、彼は、私は例外だという。ちなみに私もそうだ。
しかし、そろそろ日が陰り肌寒くなってきた。
「シカマル、起きて。帰ろ?」
「…んぅ、ん」
「風邪ひいちゃうよ」
「…んんぅ……?」
「やっと起き…へっ!?」
暗部であるために嫌でも瞬間状況判断力が身に染み付いている筈の私の頭が真っ白になった。
今何が起きている?まだ私は夢の中にいるの?聞くに堪えない水音が私を芯から酔わせているような感じがする。
「…ふあっ……シカ、マ、ル、どう、し…っ!!」
膝をついて覗き込むようにしていたのが、突然引き寄せられ、夢にまで見たキスをされ、そしてまた突然押し返された。
いかにも焦った顔をする幼馴染みを私は呆然と見た。シカマルと、キス…しちゃったんだ……。
そして沈黙があった。なんとも云えない沈黙であった。
「…………悪い」
「あ、うん…」
「……どうして、とか責めたり、とか」
「して欲しいの?」
私は素直じゃない。本当は凄く聞きたい。聞きたくないけど、聞きたい。
私を誰と間違えてキスしたの。
誰を想ってるの。
私の中の黒いものが大きくなって、つつけば破裂してしまいそうになる。
「できたら……聞いて欲しい…」
「うん…、どうして?」
(お願いだからこれ以上私を傷つけないで、掻き乱さないで)
ふぅっと軽く息を吐いて幼馴染みは身体を起こした。向きを少し変えて私と向き合うように座りなおす。
私は思わず唾を飲み込んだ。幼馴染みの表情があまりにも真剣なものだったからである。
「…俺が、お前を好き…だから」
「……え…?今、なんて…?」
「だからっ!!俺が…」
「いいっ、言わないで!!……え、ホントのホントに?シカマルが?私を?」
「悪いか」
え?本気で?だって色恋沙汰はめんどくせぇっていつも…。
今までそんな素振り見せたこともなかったのに。
どうしよう、嬉しすぎて涙が止まらない。夢じゃない、よね?
私眠ってないよね?
流石に照れ臭いらしい幼馴染みの明後日の方向を見た横顔は幾分か赤い。
その頬をつまんでみた。
「いってぇな」
「痛い?夢じゃない?」
「夢なんかじゃねぇよ、ずっと好きだったんだよ」
止まらない涙が頬をつぅと顎にまで伝い、一滴一滴ポトリポトリと服に染みをつくっていく。
私もずっと好きだったんだと言いたい。
込み上げる嗚咽が言葉をせき止めていなければ、好きだと何度も何度でも繰り返して伝えたいのに。
幼馴染みの手を抱え込むように引き寄せ、泣いた。
願わくば私の手から好きという気持ちが伝わっていますように。
そんな願いを込めてその手に涙で濡れた唇を押し付けた。
「…、お前………」
「わた…ックも、ず……ッと好き…ック…だ…ッんだよッ!!」
驚愕を露にした幼馴染みに、今度はちゃんと、ゆびきりを覚えてるかと声が掠れながらも聞いてみると、しばらくの逡巡の後にあっと声が上がる。
どうやら思い出したみたいだ。
口を片手で覆い、赤くなっていた顔を、更に朱に染める様子は滅多に見られるものではない。
思わず可愛いと漏らすと、すかさずうるせぇと返ってきた。
「シカマル可愛い」
「うるせぇっての」
「ね、もう一回キスしてよ」
「ばーか。んな恥ずかしいことするか」
「じゃあ後でシカマルの部屋行っていい?」
「おう、そしたらいくらでもキスしてやるよ」
差し出された手をとり、夕陽で深紅に染まった空の下をゆっくり歩きだした。

ゆび
き
り、覚えてる?